今日、4月の第一回の模試が返却された。結果は? 前回よりもさらに偏差値は下がり40といったところだ。これにはかなり凹んだ。
テストの返却というのは、受け取るときの顔色でそいつの点数がだいたいわかる。ボクは、模試ときたら、何をどうやれば澤田のいう偏差値がアップするのか、皆目検討がつかなかった。でも、クラスメートの中には偏差値表を見て、にやりとするヤツもいる。日頃気になっている詩織はつとめて無表情を装っている。彼女はきっといい成績に違いない。自分だけ前に進んでいないような気持ちになる。雄太は相変わらず興味なし、といった様子だった。端から見たら、ボクはどんな顔をしていたんだろう? さえない表情だったに違いない、タブン。
今日は、澤田のくる日だった。また何を言われるかと思うと、よけい気分は滅入る。
部活を終えて、6時半頃に帰る。予定の7時から10分程遅れて、澤田が来た。
びっこを引いている。
「アタタ...いかんなあ~」と何やら独り言をブツブツつぶやいている。
「今日はどうしたんですか」
「どうしたもこうしたもあらへんがな~。またやってしもうた。昨日な、ついな。こうワインをちびりちびり、はじめたワケや。ボクはな、ワイン大好きやねん。するとな、チーズとか食べたいやろ。それから焼き鳥なんか最高な訳や。生ハム&メロンもおいしいし、気がついたら、ボトル1本開けてもーた。それでな、今朝から久しぶりに痛風発作や」
「ツーフー?」
「痛風ってのはな、俺みたいな中年のおっさんが、うまいものばかり食って血液中の尿酸値が上がるとでる病気でな。痛いわけよ、ここが。」といって足の親指の付け根を指差した。」
「まー、またダイエットですワ。いややな、ダイエット。食いたいもん、がまんせなあかんしなー」
そう言うとボクと顔をまざまざとみてこういった。澤田は今日、模試の返却のあることを知っている。それには一言もふれず、話し続けた。
「受験勉強もダイエットと同じや。大切なのは、自分にとっての正しい方法を選択し、それを習慣化することデス。」
「俺はおいしいものを食べたい。君は、遊びたい。でもそれをしすぎたらアカン事はわかってる。せやから我慢だけとはいわずに、我慢する必要性を考える。ダイエットなら健康のためとか、勉強やったらこの大学に入りたいとかな。そしてその目標を数値化する。尿酸値2さげるために、食事に注意して10Kg痩せる。こんな理想を最初から目標にしたって失敗するのは目に見えたる。だからまずは、10日で1kgというほふうに自分に続けられそうな努力目標からはじめるのよ。そんでもって毎日の生活を改めていく。」
「君、トレードオフって聞いた事あるかな。これは経済学の1つの重要な法則で、まあことわざで言ったら、二兎追うものは一兎もえず、って事や。何かをやろうと思ったら、なにかを減らさなあかん。駅の数と所要時間の関係は有名な例やな。君やったら、遊びたいという今の欲望と大学に合格するという将来の夢をトレードオフしているわけや。ボクの生徒でおったな。一流大学は入った後に彼に聞いたワケ。君は高校時代にやり残した事があるか?と。そしたらそいつイイおったで、もっと遊びたかった、てな。でもそれはトレードオフ、無理なワケや。そいつも大学では、ぎょうさん遊びおった。今はかたい役所に勤めてるケドな。」
「ここで俺と君の最大の違いはわかるか?」
「それは君はどうしたら偏差値を上げたらいいか、見通しがたっていないワケ。だから、どうしていいか、ようわからない。ボクは、ダイエットを何度もやってるわけよ。だから見通しが立つ。最初は辛くても、うまくいかなくても自分のやり方を続けるのです。ただ、受験勉強も、ダイエットも唯一絶対的な方法があるわけではない。やっぱりその人の性格とか、体格とかちがうわけです。君たちだって個性というものがある。それを試行錯誤をしながら自分のやり方を創っていくねん。勉強を決めるのはあくまで君たちひとり一人の目的デス。それに早く気づいたもんが受験やダイエットで成功するのよ。まあ、俺も偉そうな事言えないケドな、アタタタ」。
「今回の模試で、君はボクの言った学習メニューをどれくらいこなせたかな?」
「いや~、実言うとほとんどこなせていないような、焦ってばかりで」
「ほらな。なんでもいいねん、この模試までにここまではやってみよう、と決意し、実際にやってみる。これが大切デス。そうやって模試を受ける。結果が出る。そして上手くいったことと上手くいけヘンことを見直す。それを繰り返すことで、だんだん勉強の見通しが立ってくるし、自分なりのやり方が見つかってくるねん。ボクは、いわば外から君のそうした様子をつぶさに観察してアドバイスするわけよ。何でもかんでも教えることはできないし、君かていろいろな勉強教わってるヤロ。でもなんでできないのか?自分でやってないからなんや、積極的にナ。」
そういうと模試のことは一言も言わずに、前回の英語の課題のやるとことをはじめた。ついぞその日、澤田はボクに模試結果を聞くことはなかった。ただ最後に、
「次までに何をどう勉強したか、書き出しておけ」と言って、またびっこを引きながら帰って行った。
新しい学期がはじまりました。
